筆者は東京に住み始めて10年が経ちますが、東京には意外と都民が行ったことのない観光地が多くあるもの。
江戸城(皇居)もそんな中のひとつではないでしょうか。
今回、デジカメ片手に行ってきましたのでレポです。
そもそも江戸城って誰が作ったの?
江戸城といえば徳川家康、というイメージが強いんですが、もともとは上杉家家臣の太田道灌が城を築いたんですね。
その後、上杉氏→北条氏→徳川氏の支配下となり、徳川家康が段階的に修復して現在の江戸城の広さになったそうで。いやー知りませんでした。
江戸城の正門!大手門をくぐり城内へ
そんな江戸城への入り口はいくつかあるんですが、今回はアクセスが便利な大手町駅からスタートです。
大手町駅で降りて地下鉄の階段を上がると、目の前に大手門がドーンとそびえ立っています。
なんでも参勤交代で諸国の大名たちが登城するときは、必ずこの大手門を単身で通ること、という決まりがあったそうで。
伊達政宗や前田利家といった数々の大名も、このお堀端の景色を眺めたのでしょうか。
ちなみに現在の大手門は1967年に復元されたもの。
まずは高麗門(こうらいもん)をくぐり抜けます。
「大手高麗門」と刻まれた石が置いてありました。
高麗門をくぐると、枡形に広くなっています。
右手には渡櫓門(わたりやぐらもん)が。
この渡櫓門、いわゆる武器庫です。昔はここに沢山の武器が入っていたんですね。
左手には「旧大手門 渡櫓の鯱」が置いてありました。
1945年(昭和20年)4月、戦災で消失した旧大手門渡櫓の屋根に飾られていた鯱です。頭部に「明暦三丁酉」と刻んであることから、明暦の大火(1657年)で消失した後、再建された際に製作されたものと推定されます。今の大手門渡櫓は、1968年(昭和43年)に再建されたものです。
つまり、この鯱は約350年前に作られたものなんですね。すごい。
渡櫓門をくぐり抜けると、入園札所が。
ここで入園票を受け取って、帰るときに返却するシステムです。
入園は無料。4時に閉園します。
入園票を受け取ったら、いよいよ江戸城見学のスタートです。
江戸城 三の丸を歩く
しばらく歩くと「三の丸尚蔵館」という建物が。
今回は入館しませんでしたが、ここでは皇室が代々受け継いできた数多くの美術工芸品が展示されているそうで。次回ゆっくり来て見たいと思います。
番所(ばんしょ)と呼ばれる建物が残っています。今で言うところの警備員の詰所ですね。
こちらは「同心番所」。
城の入り口に近ければ近いほど、下っ端が配属されていたそうです。
江戸と東京のコントラスト。
巨大な石垣もそびえ立っています。
こちらは「百人番所」。
その名の通り、100人は余裕で入れそうな大きさです。
やがて「中之門跡」が見えてきました。
この中之門跡で使われている石は、江戸城の中でも最大級(35トン)だそうで。
クレーンの無い時代に、よくぞこんな大工事をやってのけたものです。先人達の知恵と苦労に、ただただ敬服。
中之門跡を過ぎると「大番所」が。
本丸へと続く最後の詰所ですから、おそらく地位の高い人がいたのでしょう。
大番所を過ぎると、いよいよ本丸です。
江戸城 本丸を歩く
そこには広々とした芝生が広がっていました。
昔はここに江戸城の本丸がそびえ立っていたんですね〜。しみじみ。
今回のルート
次エントリーに続きます。
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撮影に使用した「α6000」はαアンバサダープログラムのモニター企画でお借りしたものです。
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